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Asu no chikyû sedai no tameni (1975)

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Asu no chikyû sedai no tameni

(1975)–Willem Oltmans–rechtenstatus Auteursrechtelijk beschermd

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30 ジェルメン・M・グヴィシアニ

グヴィシアニ(Jermen M. Gvishiani)教授は、一九二八年グルジア共和国に生まれた。社会学と哲学を任め、ソ連でソ連邦科学アヵデミー「通信」会員と称されているものになった。一九五一年外交問題研究所で研究を開始、その後海軍に勤務した。一九六五年以来、ソ連邦科学アヵデミーの科学技術国家委員会副議長に任命されている、一九六六年から二年間、モスクヮ大学で哲学を講義した。一九六九年以後、教授は主として管理問題に專心し、具体的な社会調査のための特別の学部を率いている。同教授は、アレクセイ・N・コスイギ ン首相の娘リュドミラ女史と結婚している。同女史は一人前の歴史家で、数年前に『米ソ関係一九一七 - 一九二〇年』といぅ三二八頁の本を書いている、グヴィシアこ教授は一九六二年にソ連の企業運営の実際に関する『ビジネスの社会学』といぅ本を著しているが、これに続く数冊の後、特に一九七二年には『組織と管理』(モスクヮ、『ブログレス』出版)が出版された。一九七二年に同博士は、ウイーン近郊のルクセンブルグ宮殿にある国際応用システム分析研究所(IIASA)の会長となった。

 

一九七一年にすでにあなたは、『成長の限界』のようなモデルでは考慮されるべき心理的社会的要因が轻視される傾向があること、また、このような問題には学際的研究がどうしても必要てあるともおっしゃっています。現在、日本を始め、オランダやラテン・アメリカのローマ・クラブのチームが、学際的アブローチで新しい世界モデルをつくリつつあリまナね。

 

深刻、かつ、明らかに非可逆的な変貌がわれわれの世界に起こっております。社会発展のすさまじい成長率、科学の直接的生産力への変換、人類自身のその生活環境への影響の不断の拡大、科学技術発達に伴う矛盾等、これら全ての事実は、どんな頑固な観念論者と言えども、現実に即してものを考えさせずにはおかないもので

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す。人類は、今や心配するのも無理もないような新しい困難な問題に全世界で直面しているようです。そのような問題の一つである『成長の限界』は、すでに、政治家や科学者や一般大衆の間で論議されています。ローマ・クラブが - 特にあなたのオランダではそうだと思いますが - こうした課題に人々の関心を強めた功績は、大きいと言えるでしよう。MITの研究の発表は、将来についての不安、ある場合には、悲観論さえ引き起こしており、相当の論争を巻き起こしています。

ソ連の科学者は、ローマ・クラブや別の同種のグルーブの活動もよく知っています。ソ連では、MITの世界モデルの評価や解釈についても、研究の仕方でも、異なった見解を持っております。しかし、世界モデル作成のための協力体制は、年々発展してきていると思います。その一例が、ゥィーンに新設された国際応用システム分析研究所です。ここではソ連の科学者達も、活発に研究しておりますし、一九七四年度には先述の諸問题に関する会議が次々と開かれました。ついでに申し上げますと、これらの会議にはソ連の学 者もローマ・クラブの会員も参加しています。世界モデル作成の新手法が、これらの会議を通じて浮きぼりになり、またこれらの問题についての学際的なァブローチが用いられるでしょうが、それによって何よりも、現実がより忠実に反映されるようになるものと思います。この分野での成功がもたらす意義の一つに、国際政治関係の発展の改善、あるいは、国際舞台における「知的ふるまい」とでも言うべきもの、に対する寄与があります。

 

先般発行した、西欧の科学者とのィン夕ビユーを中心とした本書の第一卷『明日の地球世代のために』を編集していた時、たまたま、例えばエール大学のある著名な経済学者から、次のような質問を受けるはめになったことがあリます。「どうして私が、MITのフォレス夕 - 教授と『成長の限界』のことでじかに論議しなければならないのでしょうか」と。彼の言うには、「私は柽済学者です。経済学者がシステム工学の専門家と何をしろというのでしょうか」。こうした一般的状況下で、バリー・コモナ - 教授〔本書第一卷 対談26参照〕が、社会全体に対する科学者の社会的資任を繰リ返し唱えるのを聞くと、彼は全く「孤独な群集」の一人と感じられます。

 

科学者同士の不信感や職業上の嫉みなどの問題はどち

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らかと言うと倫理上の問題です - もちろん、それは科学者一般の社会的責任から生じるものではありますが、結局のところ、科学者と言えども他のどの社会人とも同様、共通の目標やニーズを回避して、孤高を誇ることは困難であります。その点、人類に対する科学者の社会的責任を強調するコモナー教授は正当だと思います。

ここで、ちょっと、大規模な問題を扱う時の、学際的研究の必要性と重要性についての議論に帰らせていただきたいと思います。われわれにとってはその必要性は全く異論の余地のない事実になっています。ですから多くの各分野を代表する專門家からなる科学者チームが編成されております。複雑な問題をシステム分析法を用いて研究する場合、個々の学者が特殊な分野で優れているかどうかということには関わりなく、他の多くの分野の科学者や專門家が、協力してやって行くことが必要です。

ソ連邦科学ァヵデミーやソ連邦閣僚会議科学技術国家委員会その他多数の学術組織でも、すでに原則的には機能し始めている多くの学際的研究チームをつくっております。これらは、種々の複雑な問題を调奄研究する学術審淡会になっています。これらは、指導的なソ連の科学者やその他の高度の專門家達を現実に結集しています。これらの学術審議会は、国家レべルでの重要な経済問題を解決するためのブログラム作成や政策決定などの手助けをしております。これらの学術審議会が得た経驗は、このような組織づくりが 非常に有効な方法であるということを証明しています。一例として、科学アヵデミーの、科学技術革命が引き起こす社会的、経済的、およびィデオロギー的諸問超に関する審議会をあげることができますが、これは経済学者、哲学者、エンジニア、社会学者、法律家、地理学者、数学者、生物学者等からなるものです。

ソ連の科学者達は、人間の発達や資源の合理的利用の問題などは全地球的問題であり、これらを研究するには種々の科学や多くの科学者グルーブの協同研究が必要だと考えています。ソ連邦科学アヵデミーの科学者達は、主要天然資源の経済的評価ないし利用の方法論を作成しつつあり、また世界中の生產活動の合併効果の下で、ここ二十年ないし三十年のうちに生物圏(ピオスフェア)に生じる変化についても、科学的・技術的に予測を作成する研究に参加しています。このような予測研究には、各分野の代表者達の幅広い情 報の交換が必要です。

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カリフォルニアのラホヤにあるソーク研究所のジェィ・ブロノウスキー教授は、ここしばらく、以前政府と教会が分離したよぅに、今や政府と科学者も分離すべきだと主張していますが。

 

ソ連の科学者達は、自らの社会的責任を充分認識しております。ソ速の場合、それ以外の可能性はあり得ないのです。すなわち、これはソビェト社会の基本的原理すなわち、科学の社会有機体への組み込みにょるものです。科学の目標は社会の動機と一致して立てられているのです。ですから、ソ連の科学者は、科学を、社会の実際的目標から独立した純粋にアヵデミックな活動であるとは考えていません。彼等は、科学を社会発展の重要な迫具と考えているわけです。

これが国家と科学の関係に関する私達の見解です。国家の政策もまた全社会成員の福祉を目指しているので、科学の諸目標も互いに一致するょぅになっているのです。ですからソ速では、科学と国家の分離には何の意味もないのです。

 

私が西側の科学者七十余人と対談して得た結論は、ほとんどの人が未来を悲観的にみていたということてす。ところが、社会主義諸国での私の経験は、それとは異なリます。アヵデミー会貝のモイセイ・A・マルコフ教授〔本書対詼2参照〕に、トインビー〔本書第一巻対談5参照〕は孫逮の将来を非常に憂えていましたと申し上げましたら、教授は、「私にも孫達がいるけれど、彼等の未来は素晴らしいものになるだろうと確信しています」、とおっしキっていました。

 

次の世代の運命を見守るということは、今の世代の重要かつ名誉ある仕事だと思います。と同時に、それは困難な仕事でもあります。この点に関しては、私は西側の若干の科学者の見解には同意しかねます。彼等は、人間の英知の究極の勝利や、子どもや孫達の幸福な未来を信じょうとしないからです。他方、私達は、悲観的見解に反対ですが、根拠のない楽観論に対しても警告を出すつもりでおります。将来を楽観していると言っても、それは、社会発展の管理と、今の世代の意思決定が、将来の社会に及ぼすであろう影 響の認識とにのみ基づくべきでしょう、この点では、ソ連では、社会発展の意識的な管理と計画と予測が重要な役割を果たし始めつつあるということが認識されていますし、また、これらのことが広

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く応用されています。それゆえ、楽観論は単なる抽象的な希望にのみ基づいているべきではありません。その根本は、将来を理解し、あらゆる方向への発展過程を管理して行こうという欲求です。

更に、人類の未来や地球の運命、そして、また、地上の生命の運命の問题について言えば、世界中の人々が熱核戦争の防止に死活の利害を見出しているということを強調しなければなりません。各国はまた、生態学的大異変の危険の解消にも関心を払っています。しかし、これらの問題のいずれも、いかに巨大な経済力を持っていょうとも、一つの国だけでそれを解決できる性質のものではありません。ですから、国際的規模で総力を結集して解決をはかって行くことが大切です。その場合必要なことは、何が共通の問題で あるかを認識し、われわれは現存する諸諸の相違や対立とは無関係な問題に直面しているのだという、認識に立った人々や国々の力を合わせることです。

確かにわれわれは、社会システム、言語、労働の仕方などの相違にょって分割されているかもしれません。しかし、お互いを結びつけている共通の要素は、今後ますます重要性を增しつつあります。お互いが未来のことを考える時、肝に銘ずべきことは、未来は人間によって、形づくられるものだ、ということです。つまり、人類の運命は、人類自身の手にかかっているということなのです。

 

あなたの著書『組織と管理』では、なかんずく、「帝国主義は资本主義の最高かつ最終的発展段階である」と述べられています。また絞けて、独占企業の活動の詳細な分析も載せています。ところが、あなたは一九七三年九月、サンフランシスコで七五か国から約六五〇人ほどの経営者が参加して開いた会議に、ソ速を代表して、西側の資本主義企業と「安定的かつ長期的べ - スで、計画的に協力を進めて行く」用意がある、と表明されておられるではありませんか。

 

帝国主義は、資本主義発展の最高かつ最終段階であるという結論は、レーニンによって、その資本主義分析の結論として引き出されたものです。レーニンは、経済は生産の集中を通じて発展し、世界経済を剤出して行くことを証明しました。しかし、資本主義社会では、国際的分業と相互協力、相互依存的専門化が自然発生的に展開するので、矛盾対立した形をとるようになります。資本主義的多国籍企業の出現は、資本主義社会における生産諸力の現代的で高度の社会化の結果です。

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あなたは、また、「地上の全ての生命の運命のために」社会の進歩を経済発展によって刺激することの必要性についても述べておられましたね。

社会主義経済では、生産の拡大や労働生産性の向上をはかる時、それ自体を自己目的とするわけではありません。ソ連では、経済問題は社会諸目標に従属するからです。このことの実際的意味は、経済計画は、社会の経済=社会的発展を指向した総合計画の一部分としてとらえられているということです。それゆえ、ソ連では、経済成長と社会開発との間には対立もなければ矛盾もありません。

かつてのヒユーマニスト達は、しばしば、まことにユートビアンでした。この人達は、経済開発を行なわずして、また技術の進歩も考慮することなく、また、しばしば技術進歩の刺激さえ考えずに、社会を転換させて行こうとしたからです。しかしそれなら現代のヒユーマニスト達はと言うと、しばしば経济成長をあきらめなさいとは言うのですが、それにとってかわって、社会問題を解決する方法を真に打ち込んで探求しているでしょうか。

かれこれする間にも、世界の多くの地域では、貧困、飢え、経済の立ち遅れにみまわれているのです。先進工業国と言えども、国民全体の必須の欲求を満足させるという問題はまだ解き得ていません。特に、国民の欲求も增え続けているからなおさらです。だから、問題は経済成長を完全にストップさせることでも、著しく制限することでさえもなく、経済成長を最大限に効率的な方法で保障することです。結局、経済成長のみが、人類の生活条件改善のための真の必要条件を生み出すでしょう。

 

シッコ・マンスホルト〔本書第一卷対談20参照〕は、エネルギー危機は幸いな出来事だったと首っておリまナ。どうしてかと言いますと、それがョーロッバの人達を正気に帰らせ「地球資源にははっきリした限界がある」ことを悟らせたからだと言、フのです。

 

現在の二ネルギー危機は、将来の石油資源不足の問題とは関係がありません。それはむしろ、一方では、先進資本主義国間の矛盾を、他方では、資本主義国と発展途上国との間の矛盾を反映しているものと言えそうです。巨大な多国箱企業は、意図的に、利潤のいっそうの増大をねらって、このエネルギー危機を政治、貿易、金融面での投機の対象として利用しているのです。

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一九七三年に起こったこの危機は。東側でも起こりかねないことの「予行演習」かもしれません。ある程度は、こうした状況は新しいエネルギー源の探求を助けるものとも考えられます。しかし他方では、将来のエネルギー供給は、比べものにならないほど複雑なものになっていると思います。それにもかかわらず、エネルギー專門の科学者による国際的協力で新しくて充分信頼でき、しかも求めやすいエネルギー源をみつけることができるものと思います。

 

C・L・ザルツバーガ - 教授は『二ューョーク・タィムズ』紙上で次のようなことを言っておリます。すなわち、統計的事実によると、コメコン諸国での原油および天然ガス消費量は、一九八〇年までには、域内での生産能力をはるかに超過してしまうだろう、と述ベています。

 

ソ連は現在も将来も、石油やガスの需要を自前で充分満たして行けると思います。しかしセフ(ロシア語でCOMECONのこと)諸国は、一部しか自前ではヵバーできないので、他を輪入に頼ることになると思います。私達は、社会主義諸国の燃料需要を一九八〇年に自前で賄っているであろうなどと言った覚えはありません。

 

ローマ・クラブは、現在、豊かな国と貧しい国との大きなギャップをどうしたら小さくして行けるのか、あるいはせめてその間の橋渡しをできるのかということで、全地球的論争に携わっていますね。

 

先進国と発展途上国との科学的、技術的、経济的ギャッブをいかにして埋めるかというこの問題は、最も急を要する現下の問题です、この問题を解決しようと世界中で、いろいろと努力が行なわれつつあります。

先ず第一に指摘したいことは、発展途上国に政治的、経済的独立を与えるということが、疑いもなく重要かつ決定的な第一歩だということです。国連やその特別機關は、この目的実現のために重要な役割を果たしています。また、この点に関連して、ソ連が最近の国連総会で提案した決議案に往目すべきだと思います。それは、安全保障理事会のメンバー国が、軍事費を一部削滅して行くことがねらいになっています。それによって今なお車備に使われている資金を完全に発展途上国の援助に振り向け得るでしよう。ソ連に よるこのィニシャチブは、発展途上国の社会経済発展の遅れを取りもどすための重要か

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つ具体的なやり方だと信じています。

 

コスィギン首相は、一九七五年度中に、二六〇万台の自動車を国内の消費者向けに販売する計画だ、と発表しましたが、ソ連も自動車公害等の対策を考えているのでしよぅか。

 

経済発展五か年計画(一九七一 - 七五年)に関する第二四回ソ連邦共産党大会の指令によりますと、一九七五年までに二〇〇万ないし二一〇万台の車を毎年生産するのを目標とすると決めていました。この計画に合わせて、予備部品や他の資材生産のための新しいブラントや組み立て工場などもつくられてきております。

それから、ソ連は車による環境公害を克服するための画期的な対処策もとってきております。国際基準と一致した排気ガス規制の規則をつくっているだけでなく、車のエンジン構造の改善にも努力を払っています。また、都市地区の交通量を減らすために、高速道路の建設を進めています。ソ連の新しい高速道路は都市の人口密集地域を迂回するようになつています。

 

世界中で科学技術がいっそう重要視されてきています。アカデミー会員のミハィル・ミリオンシチコフ教授がソ連の第九次五か年計画に関連して強調したところでは、全国の五、〇〇〇ばかりの研究所で九四万人余の科学者が研究に従事しているとのことですね。

 

ソ連が研究所と科学者の数を過去二、三年間に相当増やしてきたといぅことは注目に値します。あなたが言つているミリオン・シチコフ教授の数字は少し古いものです。一九七四年四月現在、ソ連には研究所が五、二五一あり、科学者は百十一万八千人いました。それゆえ、ソ連には世界の科学者の四分の一に当たる数の科学者がいることになります。

科学の国際的性格は、いかなる時代でも明瞭でした。しかしながら、今日では科学のこの普遍的特徴に対して、急激で新しい刺激が与えられました。一方では、科学は研究分野のますます厳格な專門化にょつて育まれてきました。他方では、科学は今日、人類全体の死活に関わる非常に重要な問題と取り組んでいます。その上、この問題への取り組みは、史上初めて、世界的規検で遂行されたと言える面が多々あります。

 

一人の科学者として、あなたは米国科学アカデミー

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の会長フィリップ・ハンドラー博士と個人的に親しい間柄だと重々承知の上で、なおお聞きしたいのですが、現在の米ソ両国の科学アカデミーの協力体制に満足されていらっしゃるでしょぅか。

 

ソ連はアメリヵとは定期的に科学交流を持っています。米国科学アヵデミーのみならず学術会議をも通じて交流をしています。米国科学アヵデミーは自然科学を、後者は社会科学を取り扱っています。今までの頂上会議その他の交渉の結果、相互に有益な実務協力の面を拡大した、多くの協定を結んでいます。これは、世界的な問題に創造的に対処して行く一例を提供しました。両国が交している多くの協定には例えば次のょぅなものがあります。環境保護、宇宙研究、海洋研究、原子力の平和利用、運輸問題、農業、医療 と保健サービス、などに関する協定です。また、長期的展望に立った共同科学研究も進められています。例えば、発電産業、ェネルギー輪送 - 特に長距離の - 、巨大な火力おょび水力発電所の設計とその維持、原子力、コンビュータ、理論と実験物理学、研究の計画と組織、技術開発一般、などです。それから、科学者の交換をしているうちに、良期的な科学協同研究の体制が確立して行った例もあります。例えば、アメリヵの特殊深海調查船「グローバル・チャレンジャー」号による深海掘削には、多くのソ連の科学者が一緒 に参加して共同研究をしております。もう一つのよい例は、最初に述べた国際応用システム分析研究所における米ソの協力研究です。このゥィーンにある研究所は両国の科学アヵデミーのィニシャチブによって設立されたものです。このように、お互いに科学上の協力を非常に重視しています。米国科学アヵデミー会長のフィリップ・ハンドラー博士もそのことを強調して、あるあいさつで次のように述べております。「ソビエトの同僚のみなさん、私達米国の科学者は、ソ連での物理学や天文物理、それに応用数学の面での 素晴らしい研究に最大限の評価を惜しみません。ソ連の研究はあらゆる方面で発展しており 、しかも、どれをとってみても科学界にとって重要なものばかりであると私達は考えております。共同研究の必要性は、ますます明らかになってきています」と。

私自身の考えを申せば、世界最大の二つの科学組織の継続的協力は今後も実り多い発展を示すものと思いますし、ますます新しく効率的で、しかも長期的な協力体制

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が見出されて行くものと思います、協力体制こそは、将来の重要な世界的諸問題を解決する鍵だと信じているからです。また、次のこともつけ加えるべきでしよう。つまり、このような科学技術分野の協力体制は、各国の経済協力をもまた進展させて行くものです。なぜなら、諸国間の平和共存が保障されなければならないとすれば、それは活発な経済、科学、技術、文化などの協力がいっそう進展することによってのみ確かなものになるということは、全く明白だからです。言葉をかえて言いますと、平和共存は 、一片の協定だけに基づいてできあがるようなものではなくて、それ以外にも、互惠関係と理解の增進を助けるような多方面の活動にも基づいているものなのです。このような活動は一種の相互依存にまで進み得るとさえ言ってもさしつかえありません。ソ連の外国贸易の基本原則も、この協力の維続的発展という精神にのっとっているのは、このようなわけです。ソ連は強大な経済、科学、技術的潜在力を自足的に持っているにもかかわらず、孤立主義のィデォロギーには強力に反対しています。歴史的に形成された分業が 確かに存在します。それは、私が先ほど科学、技術、および経済面での各国の互惠的協力と呼んだものの客観的条件なのです。

事実、最先進国である西欧、カナダ、日本等とソ連との経済関係の発展における現段階の最も大切な特徴は、従来の散発的な取引から安定した長期的展望に立った計画的取引への移行なのです。アメリカとの関係も全く同じであります。ソ連は多くのアメリカの巨大な商社や企業といろいろな協定を結んでいます。例をあげると、GE、ITT、ゼネラル・ダイナミックス、シンガー、モンサント、コントロール・データ・コーポレーション、ジョイ・マニユフアクチユアリング・カンパニー、アーサー・アンダーソン、ヒユ ーレットーバッカード、ベッチェル、FMC、ドレッサー,ARMCOスティール・コーボレーション、インダストリアル・メカニックス、フィリップ・モリス、それにスタンフォード研究所です。近い将来更に多くの契約がとり交されることになつています。

 

あなたのお話をぅかがうと、西側のある人々の悲観論を思い起こします。彼等は、科学や技術的問題は克服できないとは思わないけれども、人間の問題になると、もぅ人間精神にとっては、畏れ多くてとても正視するに耐えないほどで、ましてやそれを解決ナるなど

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問題の外だ,と首っているわけです。

 

人類が直面している問題は極度に複雑化しております。しかしそれでもやはり、未来は人問次第だと思います。私はまだ楽観的です。つまり、どんな困雔な問題が起ころぅと、科学者、政治家、それに国民大衆が共に手を取り合って努力するならば、きっとそれを克服できると信じているからです。でもそれを成功させるためには、社会組織をもっとょり高い水準に持って行く必要があります。また、人間生活の発達の合目的的な管理をつくりあげる必要があります。そぅでないと楽観論も根拠がなく、私達の努力 も無駄になります。それゆえ、繰り返し申し上げますが、人類の未来の釗造のためには、人知を集める必要があります。なぜなら、未来は人間の手の中にすつぼり握られているのですから。

(中村哲雄)


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