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Soren no tachiba. Detanto no hokani michi wa nai (The Sovjet viewpoint. No alternative to detente) (1983)

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Titelpagina van Soren no tachiba. Detanto no hokani michi wa nai (The Sovjet viewpoint. No alternative to detente)
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Soren no tachiba. Detanto no hokani michi wa nai (The Sovjet viewpoint. No alternative to detente)

(1983)–Georgi Arbatov, Willem Oltmans–rechtenstatus Auteursrechtelijk beschermd

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2 社会主義発展のコストと成果

ー社会体制の違いで、発展にかかったコストがどう違うかについて、比較したことがある

か。

A それは非常に難しい仕事だ。人類の歴史というものは、あまりにも複雑、多様で、数量で量ることはできない。この種の比較についての方法論は、ほとんど開発されていない。しかし、資本主義社

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会のほうが発展のコストが高かったことは間違いない。

まず第一に、資本主義体制の下での戦争を考慮しなければならない。技術、とりわけ軍事技術を求めてやまない持ち前の衝動的欲求に、市場と原料の供給源を確保しようとする、あくことのない欲望が重なって、世界中を巻き込んだかつてない悲惨な戦争を引き起こしたのは、資本主義だけだ。まさにこのために、数千万人の命が失われたのだ。

第二に、植民地主義は資本主義以前からあった現象だが、全世界を覆いつくし、ほとんどの資本主義国の急速な発展と富の蓄積の前提条件となった。ここでも何百万人もの命が犠牲となったばかりか、残酷な搾取や植民地戦争、政治的抑圧が大手を振るい、人類の大半が後進的状況に封じ込められた。

第三に、資本主義が必ずしも、自由な民主主義と結び付いていたわけではないということだ。資本主義ば多くの国で、最も抑圧的な政治形態をとってぎた。血なまぐさいテロをともなったファシズム。軍部独裁、そのほかさまざまな形の残忍な全体主義という形だ。

- しかし、アメリカを含め、ほとんどの資本主義国はファシズムの道をとらなかった。

A だからといって、その国々がテロや残酷な抑圧や搾取とまったく無縁だったわけではない。アメリカがマサチューセヅツ州の小さな入植地から、世界の二つの超大国の一つに発展するために払った人命の犠牲は膨大なものだ。

奴隷貿易と南部のブラソテーショソでの恐怖に始まり、今日のスラム街に至るまで、黒人に対して犯した罪のことを考えてほしい。あるいは、イソディアンの大量虐殺はどうか。アメリカ人がなぜ、先住民族への自分たちの仕打ちについて良心の痛みに鈍感でいられるのか、いまだによく理解できない。

アメリカ史のこのようなページを思い起こしているのは、アメリカ人を侮辱するためではない。こ

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うした出来事は、アメリカ人がまだ正せる点を正し、アメリカの一部の政治家の道徳教育熱を冷ましてやるためにこそ、思い起こすべきなのだ。

- レーガン政権が最近、人権問題から国際テロ防止へと、強調の重点を移した理由は何だ

と思うか。

A 一つの理由は、紛れもなく政治的なものだ。重点を移したことは、前政権の人権政策がアメリカと全体主義の一部同盟国との関係で、裏目に出たことを認めたことにほかならない。

現政権は、全世界的な反ソ同盟の結成という路線に踏み出し、「ならず者でも味方は床方」という古い格言通り、アメリカが率いる反ソ十字軍に対する厳密な忠誠以外は、同盟関係を律する基準をすべて格下げせざるをえなかったのだ。この点は特に、アメリカがこのところ、残酷な全体主義政権との関係を緊密化させていることにびったりとあてはまる。アメリカは最近、あまりいい趣向とはいえないが、取り急ぎこれらの政権に「控えめな抑圧」という再洗礼名を与えた。

- つまり重要を移した理由は、現実主義的なものにほかならないということか。

A イデオロギー的要素もからんでいると思う。つまり、ソ連は地上における悪魔の根城であり、あらゆるもめ事を引き起こし、テロや破壊活動によって、反帝国主義的なすべての社会変革を操っているという原始的な見方を生き返らせようということだ。

自由主義者と違って、現在権力を握っている保主主義者は、人権政策にあまり熱を入れていない。というのは、この連中は、そもそも人権を大切なものだと本当に信じたことなど、一度もないと思われるからだ。しかしだからといって、連中が人権問題をめぐって、空疎にしても激烈な宣伝キャソベーンをくり広げる妨げにはならない。

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ソ連評価の二つの見方

- 過去数十年の間に、ソ連で起きた変化の範囲と意味するものを評価するうえで、西側のソ連研究者の間には、意見の違いがあることをご存知だと思う。ジョージ・ケナンやジェりー・ホックといった学者は、ソ連がこの四分の一世紀の間に著しい変化を遂げたとし、西側は伝統的な対ソ観を改めなければならない、という立場をとっている。これに対し、リチャード・パイブスやアダム・ウラムらはまったく反対に、ソ連ばスターリン時代と基本的に同じで、制度上、意味がある変化は何も起きていな い、と主張している。

A どの国もこの二五年間に変化したが、ソ連のダイナミックな社会の場合、特にそうだ。

しかし問題の核心は、こうした変化をどう規定するかだ。「制度上の変化」とはどういう意味か。わが国が、ますます成熟する政治体制を持ち、ソ連共産党が指導的役割を果たしている社会主義国家であることに変わりはない。この点がパイブス氏らのお気に召さないならば、連中にはそうした意見を述べる権利がある。これは、われわれがアメリカの政治制度について自分たちの意見を述べる権利があるのと、まったく同じことだ。しかしわれわれには、パイブス氏のような連中を喜ばせるような ものはほとんど何もない。

ソ連国内では、個人崇拝の影響が一掃され、民主主義がいっそう発達した結果、多くの変化が起きた。外交政策では、一部のソ連研究者の主張とは違って、基本的な目標や方法の面で、はるかに継続性があった。スターリソに対してどんな見方をするにしても、スターリソの外交政策が慎重であったこと、スターリソが冒険主義者でなかったことはまず否定できない。真面目で洞察力のあるアメリカのソ連研究者は、この点を認めていると思う。

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- ウォルター・ラカーは「マルクス主義の方法論を知らずに、近代史について知的な議論をすることはできない」と語っている。しかし西ヨーロッパの多くの人たちにとって、マルクス主義の原則に基づいて築かれた社会はそれほど魅力的なものではない。発展途上国にとってもそうだ。たとえば、キューバでは二〇年間もマルクス・レーニン主義が実践されたというのに、現在フィデル・カストロの手本に部分的にせよ従っているのは、おそらくニカラグアだけだろう。

A 私の見るところでは、ニカラグア革命は独自の方法をとっている。ウォルター・ラカーはマルクス主義方法論についての知識が必要だと主張するかもしれないが、ラカー個人についていえば、マルクス主義の原則に基づいた社会を激しく敵視している。

ソ連の例が魅力的かどうかについていえば、西ヨーロッパの国々には、マルクス主義の原則に基づいた社会を築くことを支持する強力な共産党が幾つもある。フランス、イタリア、スぺイン、フィンランドがそうだ。そのほかの国にも共産党は存在している。これらの党は、まだ党員の数こそ多くないが、西ヨーロッパ諸国の国民の問には、マルクス主義の原則に基づいた社会を作るという考えを支持している人たちがかなり多い。

この間題にはもう一つ別の側面がある。共産党が勝利し、新しい社会の建設を始めた国々はかなり困難な客観条件に直面することが非常に多かった。こうした国は通常、ロシアやポーランド、ユーゴスラビアのように、戦争によって大きな被害を受けた国々だ。また多くは後進的な経済を持った国々であり、やはりロシアやブルガリア、ルーマニアなどがそうだった。ペトナム。キユーパ、アルバニアといった発展途上国はいうまでもない。

それに加えて、西側は新しいマルクス主義社会の建設を妨害するために、軍拡競争を押しつけたり、

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破壌活動や経済封鎖を実施したり、ありとあらゆる努力を払った。

最後の側面として、新しい道を切り開く者たちにとって、困難は避けられないということがある。そうした復雑な事業には過ちがつきものであり、時として深刻な過ちもある。こうしたことをすべて考慮に入れた上で、社会主義はできる限りのベストを尽くしてきたと思う。社会主義は大きな魅力を持っているし、この魅力はますます大きくなるだろう。そして、資本主義の魅力が衰えたことは、あなたもまず否定しないだろう。

- キューバについてはどう考えるか。一九八〇年に多くのキューバ人がアメリカに脱出したことは、キューバ型の社会主義が、アメリカの資本主義の前では影が薄い証拠だと受け取られているが。

A キューバの敵がどう受け取ろうと、せんじ詰めれば、この出来事はキューバにとってではなく、社会主義国の「人権擁護」を仕事とする西側の人びとにとうて、不利に働いたと思う。キューバを離れた者はかなりが、犯罪人や不満分子だったことは示唆的ではないか。彼らがいなくなったことを、キューバ国民に喜ぷだけだろう。

この出来事がいったい悲劇的なのか、馬鹿げているのか、どちらかは判断しかねるが、キューバ社会主義を告発するものでないことは明らかだ。特に、アメリカがキューバ革命以後、キューパに対し経済封鎖や介入工作など、多くの困難を作り出してきたという事実を考慮に入れれば、なおさらだ。

なるほど、キューパは現在も多くの経済的困難に直面している。しかし、キューバをどこの国と比較すればよいのか。スウェーデソやスイスか。比較するとすれば、本来、引きあいに出すべき地域は、グアテマラ、エルサルバドル、ドミニカ共和国、あるいは革命前のキューバだ。

こうした国々と比較すれば、キューバはまったく違う姿に見えてくる。中南米を通じてキューパへ

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の尊敬の念は厚いし,その地位は高い。

ソ連社会の遅れについて

- ソ連型を含む社会主義の成果についてどう言おうと.ソ連は多くの点で、依然として西側より遅れている。

A 幾つかの点ではその通りだ。われわれはまだ一部の商品が不足しているし,商店で選べる品数も西側よりは限られている。サービスにもまだまだ改善の余地があるし、全般的な生活水準も一部の国よりは低い。このことを認めるのは恥ずかしいことではない。

- 率直さに敬意を表する。もう少し詳しく説明してほしい。

A こうした欠点を認めるのが恥ずかしくないのは、主として、ソ連の困難な歴史によって説明がつくからだ。

ソ連国民は、歴史の大部分の時期を信じられないほど困難な状況のなかで生き、最低限の必需品で満足する生活を余儀なくされてきた。これはソ連の責任ではなかった。なぜならば、ソ連は遅れた社会を受け継いだうえに、革命後には外国の干渉と経済封鎖、次いでヒトラーとの差し迫った戦争のための大がかりな準備、そしてその戦争による測り知れないほどの災難、それに続く冷戦、外国から押しつけられた軍拡競争などを経験しなければならなかったからだ。

その結果、ソ連に消費財産業の発展の遅れや、農業、住宅建設、小売り取引、サービスの分野での慢性的な投資不足のツケだけでなく、これらの分野をあまり重要だとは思わない国民一般の考え方にも直面することになった。

やっと最近になって、こうした伝統を克服する仕事に着手したが、ついでに言うと、これはなかな

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か容易た仕事ではない。

- しかしサービスは、相変わらずかなりお粗末だ。

A われわれが歴史上初めて、生活のぜいたくを幾らか享受しはじめてから、まだ一〇年か二〇年しかたっていないというのに、何を期待しようというのか。

- ぜいたくとはどういうものか。

A ソ連と西側諸国の生活水準を比較する場合、つねに忘れてならないことは、ソ達国民が西側の平均的市民がいまだに十分手にしていないものを、すでに何十年も前から享受しているということだ。つまり、無料の教育と医療、雇用の保障などだ。

ソ連国民はこうしたものに慣れきっているために忘れがちなのだが、ソ連から西側に移住した者の多くは、西側にこうしたものがないことに愕然とするのだ。

同時に、一家族が専用のアパートに住むことが耳にしたこともないようなぜいたくでなくなったのは、つい最近のことだ。

私が一番よく知っている、つまり自分自身の例について述べてみよう。

私は一九五八年に初めて、二部屋のアパートを手に入れた。当時.すでにひとかどのジャーナリストになっていたというのにだ。それまでは、妻とまだ小さな息子、それに妻の母親といっしょに、約四メートル四方の部屋に住んでいた。そのアパートの残りの九部屋には、三〇人以上が住んでいて、台所や風呂は共用だった。非常に快適だったとは言わない.しかし、それを不満だとも不幸だとも感じなかったことは確かだ。まわりのだれもが、同じような生活をしていたからだ。

よくわかってもらいたいのだが、私の世代の人間はだれでも飢えとは何か、つまり、タンパク質やピタミンが足りないなどということではなく、本当の飢えがどんなものかを身にしみて知っている。

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そして、こうした辛酸に満ちた生活をほとんどの人間が実際に分かち合った結果、一定の行動様式ができあがった。

子供のころ、何事についても禁欲主義がモラルになっていたことを覚えている。たとえ金の結婚指輪やネクタイを持っていたとしても、だれしもそんなものは身につけないほうがいい、と考えたこともあった。

- 才ランダがナチスに占領されていたころ,われわれもチュ-リップの球根を食べた時もある。こういうことを思い出すと、どんな気持ちになるか。

A 苦痛と、時には微笑と、しか同時に誇りをもって、思い出す。なぜならば、われわれは尊厳を失わずにあらゆることに耐え、尊厳を失わずに極度に困難な歴史を生き抜くことができたからだ。

時代は移り、昔のことを覚えていないか、与えられているものを正当に評価しない若者たちのことをこぼすのが老人たちの格好の暇つぶしになってしまった。もっとも、この点はおそらく世界中どこの老人も同じだろう。

ソ連国民は今や、生活のぜいたく品をさらに多く求めている。これはごく当たり前でもっともなことだと思う。このことは、生活がよくなったことをはっきり物語っているし、またわれわれが自ら決めた目標を達成することも意味している。

社会主義バランス・シートの黒字

- ソ連の抱えている問題の一部は。困難な歴史の産物ではなく、社会主義の生産機構にむしろ関係があるとは思わないか。

Aいや、そういうことではない。と同時に、価値観に大きな違いがありうることを念頭におくべき

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だ。どの国民も、自分たちの方法を選択しなければならないし、選択した後では、結果についてとやかく言うべきではない。

われわれが選択した一つはたとえば、完全雇用の保障や、事実上、解届を不可能にした被雇用者の権利の保障を含めて、できる限り完全な社会的、経済的な保障を実現することだった。当然ながら、労働の密度、したがって生産性にも何らかの影響を及ぼさざるをえなかった。わが国の企業はすべて、事実上、倒産の心配はないが、このことはおそらく管理者の仕事ぶりに反映されているだろう。

すべてをこうしたことのせいにするつもりはない。われわれは、これらの長所を保持する一方で、労働生産性を高め、精神的、物質的刺激を改善するため、全力をあげる。しかし今,私が指摘したことはみな、やはりある種の影響を及ぼしている。国民は生存のために、つまり生き残るだけのために競争する必要はない。これはいいことだろうか、悪いことだろうか。ソ連国民の過半数がいいことだと思っていることは確かだと思う。

- 社会保障の代償は高すぎないか。

A われわれは妥当な代償だと思っている。この方法を選択したのだし、そのための代償を払う覚悟はできている。ほかの国の人たちには、自分の意見を述べる権利があるし、無理に意見を変えさせようとは思わない。

- そのような考え方には、ソ連のイデオロギー的な理由が一部あるように思うが。

A その通りだ。共産主義イデオロギーは集産主義に重点をおいている。集産主義というのは、個人の利益と集団の利益の間に調和がありうるし、またなければならないとするものであり、集団の利益は、個人の直接的な利益と同じように、個人の自由と発展のためにも当然で不可欠だとしている。ついでに言うと、この考え方は、アメリカ人の多くに典型的に見られる極端な個人主義と好対照な成し

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ている。

- アメリカ人は、個人主義が自分たちの自由を守る助けになると考えている。

A それは、われわれの話題から大きく外れる哲学的な大問題だ。自由の基本的な定義に深入りすることは避け、次の意見をべるにとどめたい。個人主義は、アメリカの歴史のなかで強力な刺激になってきたが、その貸借対照表はますます借り方の比重が増えている。アメリカ人は極端な個人主義の代償として、疎外の拡大、社会の分裂、経済・社会・政治組織の無政府主義的傾向の増大、犯罪や麻薬中毒や暴力などの反社会的行為の増加という犠牲を払っている。

- 二つの社会体制を比較した結果.全体的な収支勘定では、社会主義の方が有利だという結論のようだが。

A その通りだ。われわれは、社会を合理的に組織しない限り、真の個人の自由はありえないと信じている。共産主義の究極的な理想は、各人の個性を自由に広範囲に発展させることである。この目標は、私利のためではなく、共通の利益のために組織された社会機構の下でだけ実現できるものだ。

- しかし資本主義は、特に経済の分野で幾つかのめざましい成果をあげたではないか。

A 確かにそうだ。しかし、二つの体制の総合的な経済実績を評価する場合、多くの要素を考慮に入れなければならない。すなわち、過去の成果、発展の度合い、困難な制約の下での達成能力などであり、同時に、二つの体制が現在と将来の複雑な問題を解決できるかどうかについても検証しなげればならない。

資本主義は、多くの物を速く効果的に生産し、市場を消費物資であふれさせる能力があることを示した。もっとも私は、この点についても、中央の計画と生産施設の公有に基づく体制が資本主義に匹敵できるし、匹敵しなければならないと確信している。

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しかし社会が必要としているものは、車や、バンティーストッキングや、チューインガムだけではない。近代社会は、教育、医療、環境保護、ェネルギー・資源の節約、公共輸送、大都市生活の組織などをますます重視するようになっている。

こうした点で伝統的資本主義体制はつまずいているが、社会主義体制はその欠点にもかかわらず、資本主義よりもうまく、また効率的に働いている。しかもこうした社会的必要は最近、ますます重要になっている。


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